「少しの差」で決まる摂理のメダル

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日本、またメダルとりましたね!

というわけで、Solもオリンピックのメダルネタを。
写真は、Solが某トライアスロン系の大会に出たときに、いただいたメダルです。
何とも表現し難いデザインの是非はさておき、これは、銀。
スイムのみの出場だったのですが、金をとった方との差は、わずかに1分程度でした。

「少しの差だが、追いつけない」

鄭・明析(チョン・ミョンソク)先生の言葉を思い出します。
そう、本当に、そのとおりなんです。
金と銀のタイムの差はわずかですが、その差を縮めるためにもう少し行なうかどうかが、結果に、ものすごい大きな差を生み出すということです。
トップアスリートは、1分、1秒、いや0.1秒を縮めるために、数十時間ないし、数百時間を費やします。
最善を尽くした上で、さらに、もう少し、もう少しと、血のにじむような練習を積み重ねます。
その少しの差が、勝敗、強いては選手としての運命を左右するからです。

信仰もそのように、わずかな差によって、「道」が分かれると先生は説きます。
信仰は、言ってみれば、自分を変化させつくること。
人生という限られた時間の中で、どれだけ人として、神様から見た視点での「義」を積むことができるか。
それは、どれだけ生活の中で、先生が伝えて下さる御言葉を「もう少し」実践することができるか、とも言えます。
自分を家に例えた時に、普通の住宅につくるか、もう少し頑張って別荘につくるか、という違いとも言えるでしょう。

「もう一次元高く上がって信仰生活をするからといって、もっと大変なのではない。もう一次元高く上がって信仰生活をしても、その場で信仰生活をしても、大変なのは同じだ。しかし変化することは、比較にならないほど違う。少しの差だが、追いつけない」(2013年2月7日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

どうせやるなら、どうせ大変なのだから、だったらもっと素敵に自分をつくった方がいいですよね。

まさに、天の基準において「信仰の金メダリスト」になれるかどうかは、「少しの差」で決定づけられるということです。

余談ですが、仕事関係の人から、今年のトライアスロンのリレーに出ないかとちょうどお誘いがありました。
摂理の兄弟姉妹とだったら、喜んで即OKなのですが。。
スイムはやりますので、ランとバイク、絶賛大募集中。

Sol

ABOUTこの記事をかいた人

摂理の日常を描いてます。社会人で導かれ教会に通うようになりました。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。