神様が喜ばれる生き方をするということ

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人間が見て「楽しい」と思うことと、神様が見て「楽しい」と思うことは、異なっていたりします。
この地球も、宇宙も、神様が創造されたもの。

私たち人間は、この「地球村」で肉体をもって暮らしているに過ぎません。
たとえそこで何かを得たとしても、それは自分のものではなく、結局は神様のものです。

Solも、何かを見たり、つくったり、成し遂げたり、楽しんだりしたときに、よく神様を感じたりしていました。
どうして何もしていないのに、こんなにも、神様は与えて下さるのかなぁ?と。
ケーキを食べておいしいとか、こんな小さなことでも幸せを感じられる人間って、幸せな生き物だなぁと。

御言葉に答えがありました★

親は子供が見て喜ぶものを見て、子供のように喜ぶことはしない。しかし子供が喜ぶその姿を見て、子供を愛するから親も喜ぶ。神様と聖霊様と御子も、何かを与えてそれをもらった人が喜び、嬉しく思っている姿を見て、お喜びになる。
(2014年3月6日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

神様が与えて下さった万事すべてのことを貴重に思い、感謝し、喜ぶ。
それは自己完結する喜びではなく、神様の喜びだということですね。

今日も1日という尊く与えられた時間を、神様の喜びの時間として、過ごしてゆけますように★

Sol

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。