摂理の信仰生活で「朝、起きる時間に起きれない人」はどういう人か?

2014122822203758d

昨日、Solは不覚にも「寝坊」してしまいました。

日曜だったけれど、仕事関係の大事な日…
摂理人なら分かるかもしれませんが、ここで言う「寝坊」は、仕事ではなく、朝のお祈り時間の「寝坊」です。

摂理人の明け方生活については、大体Solが起きるのは、4時過ぎ。
けれどもこの日は、大事な日だったから、もう少し早く起きて祈ろう!と思っていたのに、最終的に起きたのが5時半(゚ロ゚)←世の中的には早い方ですけどね…摂理に来るとマヒします(笑)

しかも、3時に、目覚ましが鳴る前に、目が覚めて起きようとしたのに(このように目が覚める時は「神様が起こしてくれた時間」=起きるべき時間だと言います)、瞬間目を閉じたら、サヨウナラ~

さらに、4時半にも、懲りずに神様が起こして下さり、目が覚めたのに、目を閉じたら、再びサヨウナラ~

そして、はからずとも、非常に不快な夢を見て、飛び起きたSol。
時計を見たら、5時半。

終わった。何もかも。

起きる時になって目を覚ましたのにまた寝る人は、ちょうど自分の服が地面に落ちて泥が徐々にしみて汚れるのと同じだ。
起きるべき時間なのに目を開けても起きない人は、ちょうど車に乗っていきながら、自分が降りるべき所を通り過ぎて、必要なく続けて行く人と同じだ。
自分のすべきことを目の前にしてもしない人は、ちょうど縛られた牛が紐(ひも)をほどいて、主人の心を逆なでして、自分勝手に通りで走り回るのと同じだ。
自分のすべきことを目の前にしてもしない人は、ちょうど食べ物を前にしても食べない人と同じだ。

残念すぎるSolに「悔い改めよ」と言わんばかりに、絶妙のタイミングで、今日の御言葉で「お叱り」を受けます。
起こしてまでくれたのに、何も返す言葉がございません。

起きるべき時間にもっと寝てしまったら、夢で、ある怪物の子供が徐々に大きくなっていき、私を攻撃してきた。
<祈る時間>や<働く時間>に寝たら、その時間は「サタンの時間」になって、サタンが怪物のように徐々に攻撃してくるのと同じことだ。

5時半に見た夢が不快すぎて、あまりに鮮明に、この御言葉も悟ります。
本当に、悟るしかございません。

「必要のない眠り」は、美しくないものに譬(たと)えて、見せる。
神様と聖霊様と御子がご覧になるとき「自分の行ない」が正しくなければ、その「正しくない行ない」を「万物のさまざまな現象」で見せてくださり、矛盾を悟らせてくださる。
「美しくない行ない」は「美しくないもの」で啓示し、見せてくださる。

何も言えねぇ。
御言葉、続きます。

「寝ていて目を開けた時」に起きるのがつらいように、「すべてのことを始める時」もそれと同じくつらいのだ。
寝ていて起きるのがつらいように、「すべきことを始めること」はつらい。目を開けた時に決心して、直ちに起きるように、仕事をする時も強い心で始めてこそ、行なうことができる。
すべきこと前にして「すべき時間にちゃんと始めること」は、起きるべき時間に眠りから目覚めて起きることくらい難しいことだ。
万事すべてのことを前にして「始めること」が難しく、「始めてから最後までやること」がそれほど難しい。
つらく苦しくても、始めて、行なう人は、成功し、勝利した人だから、その仕事の主人になるのだ。

まさに、明け方起きれないことから、Solの今の状況を的確に言い表しすぎていて、色々と涙が出ます(笑)

起きるべき時間に起きないでもっと寝たら、その時間に「御子と愛する時間」を持てないということだ。

今週は、この明け方を教訓に、悔い改めて深く祈れるよう、頑張る一週間にしたいと思います(TuT)

Sol

参考:2014年8月18日 摂理・鄭明析牧師の御言葉

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。