今、全力で摂理道を「完走」する時だ!

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先日、Solは夢で、5kmマラソンを完走する夢を見ました。

学校のグラウンドのようなところからスタートして、町中の決まったコースを2~3回、ひたすら走る、走る。

普段はスイムメインで、あまり走っていないSolとしては、5km休まず走り続けるというのはなかなか高いハードル・・。
夢の中で足の痛みを感じながらも「とにかく走らないと!」と、ひたすら走っておりました。

そうしたら、突然会社の社長が現れ(笑)完走したら食事を一緒にする約束をしました。
そして、5km走りきったところで、夢は終わりました。

明け方の最後の夢であなたの魂体が瞬間見て行なったことは、「あなたの肉体の行ない」を見せたのだ。
成功し、勝利するためには、必ず行ないなさい。
必ずやれば、必ずできる。
夢の実現、心の実現だ。
夢の実現、体の実現だ。
希望の実現、体の実現だ。
あなたの「夢」を成すためには、夢で見たことを昼、行ないなさい。
(2014年5月5日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

夢は、現実世界の「実相」だと言われます。

この夢を見て、本当に今、自分が摂理を全力で走る時であり、また、目の前に続く道を休むことなく「完走」しなければならない「時」なのだということを悟りました。

学生は大学入試を受ける時が一番全力を注ぐべき時であり、就職を考えている人は就職試験を受ける時がまさに全力を尽くす時であり、サッカー選手は試合が始まってフィールドの中に入った時がまさに全力を尽くす時だ。
このようにそれぞれ全力を尽くすべき時があり、その時はそれぞれ異なる。
摂理史は今がまさに全力を尽くすべき時だ。
(2014年8月「今は全力を尽くす時だ」より)

御言葉では、最近「今、行いなさい!!」と、「今」が何度も、何度も、強調されています。
けれども、この言葉をどう受け取るかは、個人次第。
すべてのことには「時」があるように、摂理でも「時」があります。
全力を尽くすことについて、御言葉では続けてこのように伝えられます。

全力を尽くすということはあなたの心、精神、考えがひたすら一つだけを見て行うことだ。
他のものによそ見をせず、ひたすらそのことだけを見ながら最後まで行うことだ。
一刻を争うような試験を受けているのにどこかで音がするからと言って音のするところにどういうことなのか確認をしに行くのか。
一刻を争っているから他のどんなものにも神経を使わないで、いったんはその時間内に最大限良い成績を出すために一生懸命テストを受けるべきではないか。
今摂理史もこのように行なわなければならない。
まわりの人たちを意識しないで悔いなく行いなさい!

マラソンも、途中で走るのを止めてしまったら、ゴールに決してたどり着くことはできないように、信仰生活も、自分がすべきことを止めてしまったら、ゴールにたどり着くことは出来ません。
大事なことは速度ではなく完走だ。

そう、まさに「走り切ること」が重要なのです。
それは「決めたことをやり切る」「自分の責任分担を果たす」という言葉にも、置き換えられるのではないでしょうか?
そしてそれを行なったのならば、出会うべき人に出会い、得るべき機会を得、不可能なことを可能に変え、一層自分の生の次元を高められるのでしょう。

<魂>が「自分の肉が行なうべきこと」を、先に見て、前もって見せてあげたりもする。
だから、夢を軽んじてはいけない。
ある人は<魂>が夢で「自分の肉体が行なうべきこと」を前もって見せてあげたのに、行なわなくて死んだ。
夢を軽んじてはいけない。
(2014年6月18日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

最近の御言葉の流れと、絶妙にマッチする今回の夢。
とにかく全力で「完走」できるよう、頑張りたいと思います!

Sol

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ABOUTこの記事をかいた人

貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。