「価値」についての摂理の教育

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物事がうまくいかないとき、、

何だかこんな記事ばかり書いてしまうのは、あまりうまくいっていない証拠なのかもしれません(笑)
最近、「価値」についての御言葉を聞く機会がありました。

御心は
価値を分かるところから始まり
悟って実をつけることで締めくくられる。
だから全ての始まりと過程の中で実をつけるためには
価値性を失わないことが
最も重要だ。

物事には、必ず何かしらの「価値」があります。
祈りの価値、時の価値、条件の価値、行ないの価値、、信仰生活をしていてもいなくても、自分の仕事や家族、友人、生活など、様々に思い浮かびます。

人々が、最初は
分かっていると言って始めることも
行く途中で冷めてしまい、ちゃんとできないのは
価値をだんだんと失うからだ。
だから何をするにしても目的としたことを成す時まで
価値性を失わないように
目的としていることについての価値をいつも思い起こし、
目的とした御心を成した時の達成感を考えてはじめて
過程の中でも達成感を味わいながら進むことができるのだ。
価値を分かれば
達成感と幸福感を味わうに違いない。

最初はその価値に気づいていたとしても、だんだんと忘れてしまうことってあります。
忘れている時って大抵、思い通りにいかないことばかりが目について、現実の不平不満を漏らしてしまったり、考えてしまったり、人間って分かりやすいですよね(笑)
価値が分かれば、それを貴重に思い、情熱をもって走ることができるのです。

もちろん何かを成し遂げる時の条件として、目的をクリアにすることは必須ですが、その目的も、価値を分かるからこそ設定できるもの。
そうでなければ、途中で辛くなってしまいます。

価値を失う人になってはいけない。
価値を失う瞬間に光は消え
天が照らしてあげ、助けてあげる光も消える。
すると全てのことから遠くなり
三位と時代の使命者とも遠くなることを
必ず知らなければならない。

また、続けてこの御言葉を伝えて下さった牧師さんが、「聖三位の価値性を悟れば、自分の価値性も悟るようになる」とおっしゃっていたのが印象的でした。

日々「自分に価値がない」と思ってしまい事故や犯罪につながるケースも少なくありません。
「神様が自分に置いて下さっている御心がある」ということを分かることで、人ではなく、神様を基準にした時に、人はもう少しラクに生きられるのかもしれません・・。

自分の状況、環境etc、あらゆる物事の価値に目を開いてゆきたいと感じた土曜の朝でした。

Sol
参考:「価値を悟る人が引き上げられる 時間をつかみなさい」より

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。