摂理は「一人でよくできなければならない」世界

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世の中を見ると様々な組織がありますが、摂理では、「一人でうまくやること」を御言葉で徹底的に説きます。

団体で立つことは易しい。しかし、「一人で立つこと、一人で処世すること」が難しい。

何かの組織に属すると、少なからず、人がやってくれたり、頼ってしまう心が出てきたり。
もちろん人の力を借りることは重要ですが、「人の力を借りないとやっていけない」のは、ダメなんですね。
これは、教会に限らず、あらゆる世の中の組織にも言える「真理」でしょう。

一人で暮らしたら、掃除も自分がしなければならないし、家のすべてのことも自分がしなければならない。だから、勤勉でなければならず、考えと体を遊ばせてはならず、怠慢になってはいけない。信仰もそうだ。

分かりやすいたとえです。
そしてストイックです(笑)

一人でよくできる人とは、他人に頼らなくても一人で「正しい方向」に「御子の考え」どおりによく考えて行なう人だ。

教会も、摂理人を受け入れる器ではあるけれど、いつも教会の人といるわけにはいきません。
基本、信仰生活って生活の中で、一人でするものなんですよね。

自分一人でいるときも、蚊を叩き落とすようにすべてのことをしなければならない。

蚊を叩き落とすように!

教会や信仰というと、いつも人と一緒にいたり(?)依存させてしまうようなイメージ(??)をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、基本は神様との一対一。

一人でうまくできることが、求められるのです。

 

 

参考:2014年8月21日 摂理・鄭明析牧師の御言葉

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。