<成長>の法則―真理どおりに自分をつくる

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信仰生活をしていると、自分のこと、教会のこと、学校や職場のことなど、とにかく「やることが多い」のが摂理の世界。

「100%完全に行ないなさい」なんて御言葉で言われるものだから、つい「限界を超えねば!」「時間がない!」と高い目標を設定&無謀な計画を立ててしまい、あれもしよう、これもしよう、と思いながら、あっという間に日が暮れてゆき、やはり色々と「限界」にぶちあたり、失敗が続いたりしてしまうと、「もうダメだ」と思ってしまうこともしばしばです。

「あぁ、完璧にできなかった・・申し訳ありません(TT)」

このように考える人、特に真面目な日本人(?)には、少なくないのではないのでしょうか?
でも、御言葉ではこのように言われます。

真理では、各自の今の水準・状態・環境を徹底的に分析して、
その水準から段階的に一段階、二段階と上がりなさいと言った。
ところが真理がその頭の中に不足していて、自分の主観によって、
早く100%完全につくられなさいと言ったからといって
文字どおり「自分の限界をはるかに超える
100%完全な計画」を立てて
できもしないことをやっている。
それは御子から見れば完全な相応しい計画ではなく、
その人自らの主観的な計画、真理から外れた計画だ。
悟りなさい。

いくら計画的に完全につくりなさいと言ったからといって、時間がないからといって、自分の限界をはるかに超える計画を立てることは、神様が望まれることではなく、むしろそれは「人間の成長法則の理知と順理」に反するものだから、「失敗」するのだと言います。

それでも無謀な計画を立ててしまう、出来もしない目標設定をするのは、ただの自分の「欲」=自己主管です。

「欲」を捨てて、真理どおりの計画を立てなさいと御言葉では伝えられます。
それでもまだ、100%できないことで、自分を責めたりしてしまう時は、どうでしょう?
これもまた、自分づくりに関する「御言葉の平衡水」の不足だ。
また、漸進的・理致的に
あなたをつくりなさいという御言葉が聞こえてくる時、
あなたの我(が)のせいでその御言葉を聞き流したかもしれない。
悟りなさい。

2回目の「悟りなさい」が静かな銃撃のようです。
要は「脳内真理不足」ということのようです。
この御言葉を今朝聞いて、ランニングに出かけたのですが、道端に咲いている花が、この自分づくりに関する「真理」を大きく悟らせてくれました。

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最初の写真と見比べても分かる通り、いきなり、花を咲かせることはないんですね。

「成長」は、漸進的に、成されます。

無謀な計画や目標を設定してしまうのは、過程を飛ばして、いきなり花を咲かせようとすることかもしれません。
100%無理ですよね(笑)

それは、個人、組織、社会にも通じることでしょう。

完璧に出来ないとき、成果が見えないとき、そんなときこそ、生活の中で万物が語る「天の言語=真理」に耳を傾け、もっと生きるヒントを得てゆきたいなと感じた、土曜日の朝でした。

Sol
参考:「真理どおりにつくりなさい」より

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。