<東京芸術大学>の「飛び入学制度」導入にみる芸術と宗教の未来

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今日は、音楽学部で「飛び入学制度」導入に乗り出した、東京芸術大学のことを書いてみようと思います。

記事詳細:早期英才教育:東京芸大 地方で逸材小学生発掘、直接指導(毎日新聞)

こちら元・摂理ブログの相方Lunaの記事・「摂理人が注目する<千葉大学>ー「飛び入学制度」にみる科学と宗教の未来」
より構想をいただきました♪ルナピーさんきゅー^^

世界で羽ばたく「優秀」な人材を発掘しようと踏み切った、東京芸術大学。
「飛び入学制度」は、「早期英才教育」の取り組みの一環のようです。

それも、おもしろいのが、東京ではなく、地方から。
地方在住で才能ある小学生~高校生を発掘し、芸大入学も視野に入れ、教授陣らが現地に出張・指導を施し、海外の芸術家とも積極的に交流しながら、若手を育成してゆく方針のようです。

そして「飛び入学制度」導入と、国立大では異例の取り組みなのだとか。
では、「世界に羽ばたく音楽」とはどのようなものでしょう?

音楽に関して、摂理ではこのような御言葉があります。

音楽が上手になりたいなら、音楽的な人になりなさい。
音楽は人生の反映だ。五感によって変化するものが音楽だ。御子を見て聴いて感じなさい。呼びなさい。御子があなたたちの中に生きているならば、あなたたちの芸術は生きた芸術になる。あなたたちの生活が信仰になれば、あなたのする音楽も賛美になる。

(「芸術についてのイエス様の御言葉」より)

かの有名な、モーツァルトやバッハ、というより、ヨーロッパで音楽の「偉人」と呼ばれるほぼすべての人たちは、クリスチャン。

世に売るためでもなく、ましてや自分の富や名声のためでもなく、ただ神様のために捧げる音楽、神様との「一体一」の関係性において創られた音楽が、普遍的な力を持って時代に受け継がれるのは、言うまでもないことかもしれません。

食べ物も自分の国の口に合うものを好むように、芸術も御子の心に合わなければならない。天が中心だ。地が中心ではない。(同上)

音楽を次々と「生産」し「消費」するこの時代において、本当に「残る」音楽を創ろうと思ったら、「信仰」はひとつのキーワードになるのではないかとSolは感じます。

音楽も、人間ではなく、神様が創造されたものですから。
日本の音楽をはじめとする芸術の取り組みが、これからどのように神様の歴史に刻まれてゆくのか?

「原石」となる若手が発掘され、次元を上げるその過程を、楽しみにしてゆきたいと思います♪

Sol

ABOUTこの記事をかいた人

摂理の日常を描いてます。社会人で導かれ教会に通うようになりました。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。