「ちょっと待った!」なしるしがたくさん起こった日

img_0526_edited

昨日の主日は、Sol的に「ちょっと待った DAY」でした。

まず明け方。
摂理の主日礼拝前に、ブログの記事を更新しようと写真を編集しようとしたら、画像編集ソフトが開かない。。

「え、ちょっと待って」

何度やっても、アンインストールをして再度DLしようとしても、開かない。
解決策も、どれだけ調べても分からない。

時間、流れること3時間…。

「ちょっと待ってよ…」

パソコンを壊したくなる衝動を抑えながら、結局時間だけが過ぎ、ブルーな気分を引きずりながら主日礼拝へ行くことになりました。

で、驚いたのが、その週の主題。

「ちょっと待った」

いや、「ちょっと待った」は私のセリフだし(笑)なんて思いながら御言葉を聞いていたのですが(コピーライターもビックリな主題ですよね)、この主題、色々と深く。。

説教では摂理を脱会しようかと悩む韓国人女性の例が出され、その女性が街を歩いていたら飛んでいたハトが頬に強く当たり、それが御子の「ちょっと待った」な万物啓示(メッセージ)だということを悟ったというエピソードが印象的でした。
その方は、それ以来、熱心に摂理を走っているのだとか。

このように御子は、生活の中で様々に「ちょっと待った」と個人の状況や環境に応じて働きかけます。(主日の御言葉より)

うーん、自分はどうだろう?と考えたとき、ふと今朝のことが思い浮かび、「ちょっと待った」は私の言葉ではなく、神様の言葉だと考えるようになりました。

実は最近、写真にハマってしまい、必要なことに十分時間を投資できていないワタシ(自覚症状アリ)。。

「ちょっと待った」

あぁ、これは写真を抑えろということかと…
必要なことではありますが、今、すべきでないということを、今朝の御言葉を聞いても感じたのでした。

「終わり」によくできなければ残念なことになる。
「終わり」に心が変われば、運命がこちらからあちらへ左右される。

(2015年1月12日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

さらに、今朝は追い打ちをかけるように、夢で人の家の原付に、自分の原付のカギがささって動いたため、勝手に乗ってゆくという夢を見ました(私は夢で何をしてるんだってかんじですが・・・)。

しかし途中でやはりマズイと思い引き返すと、原付を探す家族(!)に遭遇し、謝って返却をするという夢でした。
すぐに返却したことで怒られたりもせず、平和的に解決したのですが、夢の中でも「ちょっと待った」な御言葉を実践している自分がいたことが驚きでした。
大きな罪を犯す前に、この御言葉を思い出し守りさえすれば、大事に至らないという夢の啓示。。

(御子)ちょっと待った!私はあなたの隣にいる。いつも考え、呼び、探しなさい。遠くにいると考えずに、いつもあなたの考えの中に入れて生きなさい。そして私の言葉を覚えていて、私の言葉を守って生きなさい。そうしたらいつも「交通」が起きて、いつも共にいるのと同じだ。 (同上)

この「ちょっと待った」な御言葉は、今年1年心に留めておく御言葉だと言います。

すべきことに集中できるよう、そして道を誤らないように、生活の中で、御子がいつ「ちょっと待った」と語りかけて下さっているのか、絶えず意識してゆきたいと思った1日でした。

Sol

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。