米国・教会乱射事件、「許すべき」― ご遺族の方々の陳述に感じたこと

摂理日和50eye

先日、米南部サウスカロライナ州チャールストンの黒人教会で、白人の青年(21)による銃乱射事件が起こりました。

まさに米国のヘイトクライムが明るみになったこの事件。
逮捕された青年は、自身のウェブサイトで人種差別を肯定していたそうです。
人種問題の如何に関わらず、銃乱射という事件が引き起こされたことは、非常に残念です。

教会で、しかも聖書の勉強中にこんなことが身に起こってしまったら、私はどうするだろう…と考えていたら、こんな記事が目に留まりました。

教会銃乱射、遺族「許すべき」地元裁判所の審理で (2015/6/20 日本経済新聞より)

犠牲者の中で最も若かった男性のティワンザ・サンダースさん(26)の母フェリシアさんは「私の英雄を失い、これまでのようには生きられない。しかし神はあなたに慈悲を与える」と語った。

女性のミドルトンドクターさん(49)の遺族代表は「彼女は愛を築く家族でありたいと言っていた。憎悪はいけない。許さねばならない」と訴えた。

被害者9人の遺族の多くが「罪を許す」という趣旨の陳述をしたそうです。

すごいなと思いました…。
事件直後にも関わらず、もし自分が遺族の立場だったら、このように言えるだろうかと。
また、今の日本でどれだけの人が、このような陳述ができるだろうかと…。

ただ神様、聖霊様、御子だけが「公義の裁判」をなさる。
<自分の悪感情による裁判>は「公義の裁判」になれない。
<自分の悪感情>で相手に接したら、それによって自分ばかりが罪を犯すことになって、「罪びと」になる。

(2015年2月6日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

根本的に「裁判」をなさるのは、ただ聖三位神様。

先進国で死刑制度が未だ存続している日本ですが(日本と米国ぐらいですね…米国でも州によってバラつきがあります)、この問題から考えることはとても多いと思います。
人種問題も、日本ではあまり実感が湧きにくいかもしれませんが、表面化していないだけだとSolは思います。

「許し」については、生きている限り、考え続けたい(実践し続けたい)問題です。

犠牲になられた方々の霊魂が天国で主に会えますように。
そしてご遺族の方々の深い慈悲を、天が受け取って下さることをお祈りします。

Sol

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2 件のコメント

  • 世の中にはどうしてもぬぐえない不義なこと、理不尽なことがあって、そこで生きていく私達は、時に犠牲になることもあるけれど、自分が絶対に揺れずに、義の心、愛の心を守ることが本当にたいせつなんだな・・と感じました。
    私も、solさんと共に、犠牲になられた方たちのため、ご遺族のためにお祈りします。

  • シロさんコメントありがとうございます★
    本当に、どんなことが身に起こったとしても愛を守り続けることが、神様が願う生き方なのかなと思います。
    この記事から考えさせられることは本当に多いと感じました。

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    洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。