練達とは、自分が先に大変さを確認すること。

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練達は、「群衆を導いてく先頭にたって目的地まで行くように、自分が先に歩いていってみて、どれぐらい大変なのか確認すること」です。

水曜礼拝の御言葉から、練達の定義を抜粋。

苦労することとか、耐えることとかの、イメージが強い言葉だったけれど、「大変さを確認すること」というのが新鮮。

誰もやってないことを、もしやっているのだとしたら、最高に実感できる御言葉だと思う。

大変なのは、まだ誰もやっていないから。

それが練達の「結果」ではなく「過程」だと思えるならば、明るい未来が見えるしかないんじゃないかな(・ω・)ノ
あとは「最後まで」、続けて行なえばいいだけだから。

今日は午後から1人で営業まわりさせてもらえたので、定時あがりの御言葉のご褒美♪

コーンスープを飲みながら、帰りの電車でかみしめます。

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。