日本の家族像の変化に伴って変わるべきもの

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1月10日付の毎日新聞で、京都大学の中西寛教授が「日本の家族像」のあり方の変化について興味深い発言をされていました。

振り返ると確かに80年代中ごろが転機だったのだろうと思う。変わったのは家族のあり方である。85年にプラザ合意があり、一挙に円高になった。年末年始を海外で過ごす人が増えたのもこの時期からであろう。要はグローバリゼーション(この言葉はその時期にまだ使われていなかったが)が日本に到来し、日本社会が大きく変わり始めたのがこの時期だったのである。
(…)実際、今の日本のさまざまな課題に共通する根底的な問題は家族のあり方をどう考えるかであろう。

安部首相の「新三本の矢」は昭和の家族像、すなわち「昭和家族」を理想&前提としていることを指摘し、従来の核家族がもはや成り立っていないことをふまえて意義を唱え、「同性婚」への見解にも懐疑的な立場を示しています。

中西教授が指摘するように、家族の在り方って確実に変化していますよね。

もう父親だけが働く時代でもないし、親と同居をする時代でもない。
「家族」が日本人を指すのならば、住所登録がなくマイナンバーが配布されない外国人はどうなるのか?

先日の、同性婚の問題も、別姓を認めないことで、旧来の家族のあり方を維持するだけの古い価値観を露呈しているように思えてしまうのです。

「昔の考え」を基準に考えることほど、「無駄」なことってないと思います。
そのときは理想的だったけれど、今の時代はそうじゃないのです。

変化すべきことが変化しなければ、希望も夢も成せない。(2011年2月19日 摂理の御言葉)

何を残し、何を変化させるべきか、自分の頭で考える習慣をつけたいですね。

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貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。