仕事の飲み会で、私が鍋を見ながら考えていたこと

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今日は、仕事関係の人とご飯でした。

今帰り…。

初めてちゃんと話す人たちだったけど、
エアライン関係者ということもあり、
インド行ったとか中南米半年バックパックしたとか、
旅行バナばかりしていた…。

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マヨネーズとはちみつをまぜて、
お芋と食べるという新しい冒険。

意外とおいしい(・ω・)ノ

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お肉を焼いたプレートで炒めたごはん。

こういうのいい。

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メイン?はもつ鍋だったのですが、
鍋を見ながら終始はずむ会話☆

…ではなくて、パシャパシャ写真を撮りながら
(「おたまですくってその位置で固定して下さい」と指示する始末)、ぐつぐつ煮える鍋をみて、主日の御言葉が頭をグルグルしていたわたし。

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お湯が沸騰して沸き上がったら、
その時からはそのお湯に肉やさまざまな料理の材料を切って入れて、茹でて食べることができる。

自分が好きであれば、心と考えに「熱」を受けて、お湯が熱く沸いて沸々と沸き上がるように、そのようになる。

その時から「三位一体と主」のために、
さまざまな働きをするようになる。

そうすると神様も、聖霊様も、御子も、主も喜び、満足して、その人に向けて「さまざまなこと」をためらうことなく行なわれる。

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<お湯>が生ぬるければそこに肉を入れて茹でることができないように、
<人間の心と考え>が生ぬるければ、
神様の貴重で貴重な御心も成すことができず、
神様の貴重で貴重なことも行なうこともできない。

自分が好きで、お湯が沸くように沸き上がったら、
自分自らも一層「熱」を上げ、「力」が湧いて喜び、もっと好きになって行なうようになり、
神様も聖霊様も御子も主も満足し、喜んで、もっとためらうことなく一緒に行なってくださる。

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自ら、好きで熱く行なってこそ、ですね。

ごちそうさまでした(・ω・)ノ

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ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。