3.11ー 「忘却の生き物」だからこそ、考え続けたい

TKY201109120514

3.11の東日本大震災から5年がたちました。

地震と津波による死者・行方不明者は1万8000人を超え、今も約17万人が避難生活を余儀なくされています。

各地の地裁に起こされた集団訴訟の原告はいまや1万2000人以上を超え、問題の深刻さを物語っています。

「福島を忘れてはいけない」
「同じ悲劇を繰り返してはいけない」

そんなスローガンを嫌というほど耳にした5年間。
しかしながら政府は原発維持政策を打ち出し、電力会社はこの1年で原発4基を再稼働させました。

「もう福島のような事故は起こらない」

そんな安全神話も再び聞こえてくるようです。

問題のひとつに「風化」がありますが、実際人々の関心は薄れ、風化は進んでいると思います。
被災地への関心「風化」8割(毎日新聞2016年3月8日) 

いったい、この5年で何を考え学んだのだろう?という疑問はぬぐえません。

毎日新聞が5、6両日に実施した全国世論調査で、東日本大震災の被災地に対する国民の関心が薄れたと感じることがあるかを尋ねたところ、「ときどき感じる」との回答が51%に上った。「よく感じる」の28%と合わせると8割が「風化」を意識している。

自分自身も、意識して新聞やニュースを読まなければ「そんなこともあった」ぐらいにしか思わないと思います。

それぐらい、考えなければ「忘れてしまう」のが人間です。

<心と考え>は本当に恐ろしい。
瞬間180度変わることもあるし、瞬間戻ってくることもある。
1秒前まではやりたくなかったのに、1秒後にはやりたくなるのが「心と考え」だ。
この<心と考え>を「どの方向」に変えるかによって、運命が左右される。

この<心と考え>を、どこに向けるのか。

直接的に関与することだけが「支援」ではないはずです。
祈りひとつでも、続けることが本当に難しいです。
意識的に原発事故の流れを追うだけでも、本当に難しいです。

まずは考え続けること。

責任回避、経済主義、他人任せ、人間の傲慢さetc…

考えることによって、他の諸問題にも通じるような「原因」となる様々な要素がみえてきますが、
まずはその「原因」となる「種」が自分の中にないのか。

あらためてこの時に、福島の問題から、自分に向き合うことを深く考えさせられます。

引用:2016年2月28日摂理の御言葉

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。