「中」がボロかったら意味がない

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先日、摂理教会の女性と話していて、家の話になりました。

その女性曰く、住んでいるマンションは外観は少し古くていまいちだけれど、中は改装されて結構キレイで快適なのだとか。

「外がキレイで、中がボロいより全然いいですよ!中がキレイならすべてオッケーですよ!」

と思わず口にしてしまったのですが、
この言葉を自分で発した瞬間「悟り」がきました。

人間も、このようにこうだ。

見た目 < 内面

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そして以前見たある夢を思い出しました。

それは、自分のアパートに教会の人を連れてくる夢で、外観は至って平凡な私のアパートなんですけど、ドアを開けたら、なんと海が一面に広がっている超!素敵オサレなリゾートハウスという夢でした。

夢の中の自分がビックリして、キョロキョロしていたんですo(・ω・ = ・ω・)o

「外」が素敵なのに越したことはありませんが、結局「内」が素敵であれば、自然と「外」も改装されるはず。

まずは「中」が重要だということを感じています。

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人間は「神様の宮」だと言います。
それを分かって、自分という「家」を神様が住めるようにつくってゆきたいですね。

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。(…)神の宮は聖なるものであり、そして、あなたはその宮なのだからである。」
―コリント人への手紙①3:16-17

画像:freshome より

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。