ミニマルな生活は、物質の繁栄=幸せでないことの証明

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ミニマリストな生活が流行っています(・ω・)ノ

文字通りとにかく「無駄」をそぎ落とした「ミニマム」(最低限)な生活を実践することを指すこの言葉ですが、ミニマルx無印良品関連の本も出ていたりしますよね。

個人的には、摂理に来る前からも必要最低限の(お気に入り)ものしか持たない/置かない主義(?)なので、結構近い生活してきたななんて思うのですが(写真は大学時代の私の部屋)、
このライフスタイルが最近世の中で流行ってることに、物質的なものに価値を置かなくなってきた時代の流れを感じます。

<肉的な考え>で<肉的な生活>をして生きる時は、「肉的なもの」が本当に華やかで、豊かで、目立って見えて、うれしく、興奮し、よい。
しかし<霊的な考え>に移ってきて、<霊的な生活>をする時は、「霊的なもの」がずっともっと華やかで、豊かで、目立って見えて、よく、うれしい。
そうして「肉的なもの」を見たら、あまりにみすぼらしく見え、みすぼらしく感じられる。

人間は、肉体だけの存在ではなく、霊が存在するのだといいます。
この霊こそが、神様とつながることができる存在であり、本来の自分自身。

その「霊の声」=神様の考えに従って生きるならば、物質的な「豊かさ」に固着する必要がなくなり、
物質的な繁栄が、根本的には神様の御心ではないことが分かります。

もともとミニマリスト的だった私も、信仰生活をはじめて、一層「もたない」ようになりました。
たとえ高級なものであっても、モノが多い=幸せではないからです。

見えるモノへの価値が薄れてきている中、本当に価値があるものが何なのか、一層人々の目が開かれてゆく時代になると思います。

 

2016年6月20日 摂理の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。