<記憶>は継続していかないといけない

記憶の継承

原爆投下71年目の夏が終わろうとしています。

以前、新聞で読んだのですが、長崎のある高校では、「平和学」という科目を必修科目としているそうです。
原爆製造の経緯、被爆の実相、日本の歴史認識などなど・・・多岐に渡る授業を通して、学生に平和について考えさせるそうです。

原爆が投下された地、長崎。

平和学の経緯は

「核兵器廃絶は不可能だと思う」
「戦争はなくならないと思う」

近年、高校生を対象にしたアンケートで、あまりにもこのような声が多いことに被爆者の方が衝撃を受け、この平和教育の取り組みが成されたそうです。

「若者が将来に希望を持てるような平和教育をしてきただろうか?」
「あなたたちもおかしいと思ったことは声を出してほしい」

被爆者であり、講師でもある方が訴えていたのが印象的でした。

<記憶>を継続してこそ、<その仕事>を継続するようになる。

考え続けなければ、忘れてしまうのが人間。
「肉体」はやがて滅びるから、「考え」でつないでゆくことの重要性について、71年目の夏の終わりに考えます。

 

2016年8月13日 摂理の御言葉

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摂理の日常を描いてます。社会人で導かれ教会に通うようになりました。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。