20代後半のしるし②―「着られる」から「着こなす」

20160829

20代後半あたりから、
大学時代の服が恐ろしいほど似合わなくなったSolですが、
うれしい「しるし」もたくさんあるなと感じています。(進行系)

そのひとつが

大学時代に「着られてた」服が、
今は「着こなせる」ようになっていること!

大学時代、何を思ったのか、無駄に(当時)大枚はたいて気合を入れて買った服って1着はあると思います(私だけ?)。
そういうのって、会社勤めをするような人向けのハイブランドだったりするのですが・・

当たり前のごとく
その時の自分を考えても、
写真を見ても、

着られてる んです。

なんか、服に追いついてない自分がいる・・。

でもそういう服って高かったから捨てられなくて、
引出しに眠っていたのですが、
社会人になった今着ると、結構いい感じに着れたりするものです。

あとは

ヒール高めの靴が似合うようになってきたり
シルエットがキレイめの服が映えるようになってきたり

服の目的と
自分の生きる目的が
一致してきてるからかも( ・ω・)ノ

服を選ぶのは誰の為でもなく、
礼拝目的というのもあって、
以前よりも価値を分かって感謝して選んでいるのも大きいかもしれない。

***

このように信仰も、以前はよく分からなかったけど、今だから悟れることや、しっくりくるものってあると思います。

実際、私がそうでした。
高校生の頃、聖書を読んでみたけど、不思議なことばかり書いてあって、一体何が言いたいのかよく分からなかったです。

でも時がきたら、ちゃんと理解できるように、神様が人生まるごと導いて下さいました。

万事、次元を上げることにおいて、いろんな方法があるが、そのうちの一つは「はっきりと悟ること」だ。
金なのか銀なのかを悟ってこそ「やろうとする次元」を上げる。

このブログを読んでいる方の中には、まだ信仰を持ち始めたばかりの人や、これから信仰を持とうとしている方もいらっしゃるかもしれません。

でもひとつ言えるのは、今だから「信仰」という「新しい服」を得ようとしているのだということ。

「はっきり悟る」ために、
このブログが何かのお役に立てばうれしいです。

 

2016年2月10日 摂理の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。