ちょっと残念な「つかえない」人の事例

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先日、同業他社の方から、ちょっとドキッとするような話を聞きました。

なんでも、某大手外資系エアラインから、フォワーダー(メーカー&商社さんとエアライン&船会社をつなぐ業界、Solはココ)に転職をしてきた人がいるらしいんです。

役職にも就いていた男性で、営業スキルを買われたようなのですが、ひとことバッサリ。

「全然つかえないんだよね」

エアラインにいた頃は、そこそこの実績を出していたらしいんです。

でも転職して、結果はサッパリ。

勘のいい人は分かると思うのですが、
これはその人の手腕というより、
会社のネームバリューで営業してたということです。

<過去>「王」として過ごしたとしても、<現在>は「どうなのか?」‐これを基準にする。
人生も「過去どのように生きていたか」を見て、「今どのように生きているか」を見る。
<過去>よくやっていたとしても、<今>よくやっていないのなら、治療し、悔い改め、再び装わなければならない。

営業あるある。

「こんなんだったら、有名じゃなくても小さな会社で色んな業務ができる若い人のがよっぽど使えるよ」

そんなふうに吐き捨てる姿をみて、

「地位」や「ポジション」や「過去の栄光」に甘んじると大変なことになるな、なんて改めて思いました。

 

信仰生活もきっとそのようだから、

神様に「使えない」と言われないように、

がんばろって思いました。

 

2016年09月19日 摂理の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。