「コンプレックス」から見える御心

「こんなふうに撮れたらいいな」
「こんなふうに描けたらいいな」
「こんなふうになれたら…」

そんなことを思うことが最近よくあります。

でも「そうじゃないよ」ということを
摂理教会のメンバー(プロのデザイナーcoaraちゃん)に教えてもらいました。

シンプル
速い
柔軟
頼みやすい

などが私のイラストや写真の特徴なようで。
つい、大それたことができないことに引け目のようなものを感じてしまって、こういう良さが見えなくなってしまったことを反省しました(^^;

イラストや写真以外にも、こういうことを感じることが最近あって(これも他教会のメンバーが気づかせてくれた)、「過小評価」?は、私が今乗り越えるべき壁なんだと思います(*_*)

これまでは、そんなこと全然感じなかったのにな。

次元をあげようと研究するからこそ見えるものですね。
隣の芝は青い。

でもカタチだけ頑張ってマネてみても、自分の「位置」じゃないものは最初はよくても持続しないです。
それって、御心じゃないし、根本的に楽しくない。

カタチ(方法)だけマネて成功するようなら、みんな成功しているでしょう。

<大きな勝利>の後に「それによって来る、取るに足りない問題」で神様の栄光を遮ることがある。ある人はその「取るに足りないこと」のせいで自暴自棄に陥る。

人生を楽しく生きなさい。
<大きい勝利>をしたなら、「それによって来る小さい問題」を楽しく対処して生きなさい。

神様に出会えたことがまずは人生での「大きな勝利」。

だからこそ、神様のために何かして差し上げようとこれまで見えなかった能力が見えてくるものですが、それを御心通りおさめられずましてや自暴自棄に陥るなんて、悲しすぎる。

摂理にきて、まさかのコンプレックス?発見ですが、それは同時に「自分の位置」を見つける出発点なのだと思います。

2017.1.21 摂理の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。