免許と認識の更新

先日、車の免許の更新に行きました。

視力検査を終えて写真を撮って
更新のレクチャーを受けたのですが
興味深かったのが、高齢者事故が多発しているという話でした。

事故にあう高齢者の特徴として

・「自分は元気」だと思い込んで活動的に動く
・「いつもの信号、道だから」と経験論で判断&油断する
・反応や動きが遅いけれども、本人は自覚がない

こんなことが挙げられていて
90歳のSolばぁちゃんが頭をよぎりましたよ・・。
みんなが「危ないからやめて」と言っても、
未だに車も運転するし、荷物も自分で持ちたがる・・。

元気だからいいんですけど、
「認識」って、おそろしいなぁと。

<交通係(がかり)の警官たち>には「交通法を守る車」はあまり目に留まらず、「交通法を破るとか、事故を起こした車」が特に目に留まる。
これと同じく、人々は「自分が中心とすること」と「自分が考えること」がよく目に留まって見えるし、よく聞こえるし、よく話すようになる。

自分の固着した考えを捨てることが
「安全」への第一歩なのだなぁと。

信仰生活もそのように、
自分の「考え」は一旦置いて
御言葉=人生の「運転」に欠かせない神様の「交通法」
にしっかり聞き従っていきたいと悟った1日。

 

2017年1月20日 摂理・箴言の御言葉

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。