職場で変化した「やりがい」

最近、仕事、というか職場に行くのが楽しいです。

仕事そのものが楽しいというより、
自分が、職場で摂理の信仰人としての生を表すことにやりがいを感じる感覚です。
仕事のパフォーマンスは、その結果としてついてくる感じ。

以前は、このような感覚がありませんでした。
同じ「頑張る」でも、今思うと「結果」や「評価」によりフォーカスした「証」でした。
結果を出せば、会社で評価されて、それが摂理の証にもつながる。
だから若干、無理やり頑張ってる感がありました。
評価をされても、どこか嬉しくない気持ちがあったり、大変だと思ったり。

でもこの感覚とは、違います。
電話対応、営業訪問、上司や職場の人とのやりとりetc…
仕事の「過程」で「主の香り」を放つことが楽しくて、私にポジティブなイメージを持ってもらえる=主にポジティブなイメージを持ってもらえる感がすごくあって、そこに挑戦とやりがいを感じるのです。
だから極端な話、仕事は何でも良くて、また好きか嫌いかもどうでもよくて、ただ「生の証」をすることが楽しい、そんな感覚です。

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正直、貿易事務の仕事は、教会での活動に直接役に立つものではないし、イラストや写真の個性も活かせません。
だから割り切ってやっていたのですが、なんか、もうそんな次元は抜けださないとだなと。

よい環境にいても、よい家に住んでも、よいことに出会っても、<間違った考え>をすれば、「苦痛」の場所になり、「地獄」になる。

いつも<自分の考え>に「神様と聖霊と御子主を入れて生きる人」は、最高に愛する人と抱き合って愛する時間を過ごす人と同じだ。

仕事頑張ってる感もなく、
またおぼれてる感もなく、
仮に評価されたとしても、それは私に対してではなく主への評価だと心から思えるから、もっと証になりたいなと思います。

仕事、頑張ります☆

 

2017.3.9 摂理・箴言の御言葉

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ABOUTこの記事をかいた人

自遊人です。ブログ書いたり漫画描いたり写真撮ったり。社会人になって摂理(キリスト教福音宣教会)に出会い、貿易実務の仕事をしながら信仰生活をおくっています。ブログはそんな日々の生活を、つれづれと。摂理や宗教のイメージをおしゃれにステキに変えることが目下のミッション。よく泳いでます。