疲れたら休んで、「休息の時間」を

最近、年度末の仕事と教会の様々な行事が重なったこともあり、少し疲れてしまうことがありました。

私がキャパオーバーになってくるサインとしては…

・服がワンパターンになる
・靴を磨く余裕がなくなる
・洗い物がたまる
・食生活が偏る
・泳ぐ時間が半分以下になる
・走ることをしなくなる
・御言葉ノートが空白になっていく
・カメラ放置&イラスト放置
・ブログが放置or業務になってくる
・明け方起きれない

我ながら情けないのですが、
だいたいこんな具合の兆候がみられます。

泳ぐ時間は半分であっても死守するのですが(ここで行かないとますますしんどい…)目の前のことに追われて、服もテキトーになって見た目がみすぼらしくなっていくのが時に悲しく、何より辛いのは「一人の時間」が減って、主との対話が疎かになってしまうこと。

することが多すぎて疲れた人たちは、少し休んで遊んで、「自分の休息の時間」を持ちなさい。そしてまたやろう。

そんな時、この御言葉が伝えられて、
気持ちにゆとりがなくなっていたと実感。
桜も、今年は1枚も撮れずに散った…(TuT)

ブログも、私にとって誰にも関与されず、主と一対一で対話する場所であり、自分と向き合う大切な場所。
ゆとりがなくなることで、逆にそのことに気づかせてくれたのは大きかったです。

@ベルばら公式スタンプ

仕事をする時は、ちょうど顔をきれいに化粧するように、真心を込めて美しくやりなさい。そうしてこそ、やってからみんなの目が惹かれ、見て満足し、褒める。

下手な化粧をしたら、おばけ、ねずみ、きつねのようになる。
仕事もそうだ。努力し、真心を込めて、美しくすばらしくやるようにしなければ、やっておいたことも美しく見えず、気になる。

本当、忙しいと写真や文章の質も落ちるし、気になるものです…。
「業務」や「仕事」になってしまうんですね汗

疲れたときには少し休んで遊んで、自分に「休息の時間」を。

断るべき仕事や切るべき仕事は切って、まずは自分が天に向かう愛と喜びで信仰生活をおくることが、大切なことだと思います。

 

2017年4月1日 摂理の箴言

ABOUTこの記事をかいた人

貿易の仕事をしながら摂理の教会に通っています。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア。インターネットが好きです。