水曜礼拝―新しくなることが、古いものを捨てること

「古いものは葬りなさい」という
鄭明析先生の説教が伝えられました(^o^)

先生は古いものが好きではないと、
月明洞で、南京虫が湧いていたという昔のご自宅を、ブルドーザーで一気に壊していた映像を流されていたのが衝撃でした…。
「記念館にする」という発想は、さわやかなぐらい皆無だった(・ω・)

古くなった服、家、持ち物など、
色々な比喩を聞きながら思ったのは、
新しくしないことが、
古いものを捨てられていないことだなと。

セミが羽化するように、
新しい段階に入るなら、
自然と古いものは目に見えて分かるはず。

もし見えないのならば、
それは現状維持にとどまっていて、
新しくはできていないのかも…
と内心実はちょっと焦ったり。

常に新しくしていれば、
常に古いものが目につくはずですからね。

見よ、わたしは新しい事をなす。やがてそれは起る、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。イザヤ書‬ ‭43:19‬

変化は漸進的に起こるから、
古いものは目に見えにくいのかもしれないけれど、
「いつも新しいことしてる」
と思われるぐらい、変化に富んだ生をおくりたいものですね。

しかし何ヶ月ぶりかに平日夜の礼拝に参加したのですが、やはり現場はいいですね…☆

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。