命をかけて言ったことでも正しいとは限らない

こんな御言葉が伝えられました。

命をかけて自信を持って言えるからといって、全て正しいのではない。<水準と次元が低いところ>から見たら、そのように見えるから、命をかけて自分が見たことが正しいと自信をもって言う。しかし<水準と次元が高いところ>から見たら違う。

これを聞いてなるほどと思ったのは、命をかけて言ったことでも、必ずしも正しい訳ではないということ。
厳密には、正しいかもしれないけれど、それはその人のフィルターを通して「正しい」と言ってるだけであって、「全体」から見たらそれは一部分の「正しさ」にすぎないということ。

同じ地球を見ても、
熱帯地方から見たとき、寒帯地方から見たとき、それぞれの見方があって、両方を経験しないと「四季」があることが分からないようなものだと、御言葉では教えてくれました。

つい、人が確信を持って熱心に言っていると、そうなのかなと思ってしまうことがありますが、必ずしもそうとは限らないってこと、心に留めて置きたいです。

<自分が立っている位置>から「自分の主管圏のもの」だけを見て、正しいと自信をもって言うのではなく、「全体」を見て、正しいかどうか見なさい。

 

2017.5.11 摂理の箴言

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。