神経を使ってこそ、言わんとすることが分かる

貿易事務の仕事をはじめて早数年。

お客さんのところへ行ったり、
新規・既存案件の相談に乗ったりと、
何かといろんな人とつながりながら、
他社に「浮気」しないように、
顧客管理をする仕事でもあります。

色んなお客さんがいますが、
中には小難しい質問をネチネチ…
いや、たくさんしてくる方もいらっしゃり、
一度のメールで聞き返さなくてもいいような完璧な返答がほしいと言うお客さんもいらっしゃいます。

こういうお客さんは、
ただ聞かれた質問に答えるだけではダメで、
その奥の意図まで読み取って、
返答する必要があるんですね。

例えば「年末年始お休みはいつですか?」

ときたら、年末年始に案件があるのかな?と機転を利かせ、
ウチの会社の休みだけを提示してもダメ。
運送会社や税関、関連業社の休みが異なっていれば、手配が出来ないから、他社も調べて、根本的には休業日でなく業務可能なスケジュールを提示しなければいけないです。

はい…本当、神経使います。

1通のメールを書くのにすごい疲れます(*_*)

まぁ全体的に、ここまで言うお客さんはそこまでいないのですが、こういうのが連続して何通もくると(私が答えられる知識の範囲内ならまだしも、専門外だと泣きたくなる)、頭痛くなります。

ただ、相手も悪気があってしているわけではないので(多分…)、こちらの回答に満足されると「大変助かりました。今後ともよろしくお願いします」とまた仕事をくれます。

やはり神経使うと、疲れますが、ただ漠然と言われたことだけ回答するより、そこで相手の意図を読み取れると、信頼や満足度も得られるんですよね。

神経が鋭利でなければ、絵も大雑把(おおざっぱ)に描くし、文章も大雑把に書くし、御言葉も大雑把に伝え、大雑把に聞くし、食事も一、二回噛んで飲み込むし、運転も大雑把、仕事も大雑把、何ごとも大雑把、大雑把にやって終わらせます。
‐そうすると何ごともちゃんとできません。‐むしろ問題が生じます。‐発展がありません。

ホントに(笑)

だからこのお客さんがどうというより、
相手が何を言わんとしているかを推測する力って大事だと思うんです。
さらに言うなら相手が言語化できないことを、こちらが言語化できたら、言うことない。

***

摂理の御言葉でも、神様が言わんとすることを悟るようにと度々言われます。
御言葉を文字どおり聞いて漠然と行うのでなくて、
神様の意図を正確に掴むようにと。

そのためにはやっぱり、漠然と流すのでなく、
こちらが神経を使う必要があって、
お祈りもそのように捧げてこそ、
神様と心情をひとつにできるのだと思います。

目指すは、神様の満足度アップ。

そんなことを、メールのやりとりをしながら、感じたのでありました。

 

2017.12.03 主日の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

摂理の日常を描いてます。社会人で導かれ教会に通うようになりました。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。