むしろ、もっと安くしてと言う

今週、あるお客様から、
コスト見直しの依頼がありました。

海上の輸入案件だったのですが、
他社数社でも見積もりを出し、
比較検討したところ、
もっと安いところがあったので、
現行料金を見直してほしいと。

こういうコストダウンの依頼は、
頻繁にあるのですが
正直キリがなく、安易に引き受けると
労働力の安売りになってしまいます。
なぜコストがこれだけかかるのかという説明をきちんとしながら、交渉していかなければいけません。

担当者ベースで話し合えればベストなのですが、
複雑なのは、面識のない先方の役員クラスの方の指示で、コストだけを見て選ばれること。
今回がそのケースでした。

コストだけを見られるから、
それまで築いてきた関係性や、
他社では難しい要望もスピード感をもって色々引き受けていることは、上の人には分からない。
他社を利用していないから、現行のメリットもコスト以外の点でピンとこない。
価値をわかってもらうのが、とても難しいのです。

この見積もりのやり取りをしながら、
水曜日に伝えられた御言葉を思い出しました。

貴重なものを分からずに生きている。

いくら<貴重なもの>がそばにあっても貴重だと言うことが分からなければ、貴重に使うこともできないし、貴重に思って買うこともできない。

むしろ、もっと安くしてと言う。

もちろん、会社の経営事情もありますし、
私も関係会社さんにコストダウンのリクエストをかけることもあるので、
一概に否定はしないのですが、内実を見ないで一方的に要請されるのは、ちょっと心が痛いです。

でもこれって、神様に対しても、言えること。

神様から受けている恩恵があるにもかかわらず、
その恩恵を恩恵として受け取れず、
むしろ不平不満を漏らしてばかりいたら、
神様も残念に思うでしょう。

与えて下さっているものの価値をわかり、
感謝を忘れずにいることの重要性は、
仕事も信仰も同じなのです。

 

2018.5.23 水曜礼拝の御言葉

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摂理の日常を描いてます。社会人で導かれ教会に通うようになりました。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー・おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。