「祝福」が「災い」に変わる時ーSNS集団いじめの現実

悲しいニュースを目にしました。

マレーシアの16歳の少女がインターネット上の写真共有サービス「インスタグラム」で自殺の可否を問うアンケートを行い、回答者の過半数が「死」を選んだ後、自殺した。

ロイターが地元警察の話として伝えたところによると、少女はマレーシア東部サラワク州の在住。13日に自殺する前にインスタグラムの自身のアカウントに「本当に重要です。私がDかLかを選ぶのを助けて」と投稿していた。Dは「死(Death)」、Lは「生(Life)」を意味するとみられる。

少女のアカウントを閲覧する人の69%が「D」を選択。その後、少女は自宅で飛び降り自殺を図ったという。

毎日新聞 2019年5月16日

とても、ショックでした。

こんなことで、命を落としてしまうこともショックですが、一時的とはいえ「D」を選択した人がそんなにもいることが、本当に衝撃です。
どういう気持ちで選択したのでしょうか…

インターネットの匿名性を利用した「いじめ」は後を絶ちません。
面と向かって言えないことは、言うべきでないし、たとえイエスノーの意見だとしても、その発言の重さや責任を自覚してほしい。
軽率にネガティブなことを発言する人が、あまりに多いと感じます。

インターネットは、神様が人間に与えて下さった「祝福」。
言うならば、現代の活版印刷。
善なる言葉が世界に広がり人間が栄えるようにと、神様が与えて下さった「祝福」です。

でもそれが、神様が最も願われない、人の死を助長している現状に、深い悲しみと怒りを覚えます。

神様が与えて下さった「祝福」を大事に使い享受しなさい。

今週、主日礼拝で伝えられた主題を思い出しました。

神様は、この事件を予知していたのかな…

神様は与えて下さる。
けれども、人間は、自分の都合ばかりを考えて使い享受する。
もらったものを使って享受できないことが弊害だ。

インターネット以外でも、
神様が与えて下さった「祝福」は無限にあります。

けれども与えられることに慣れてしまって、
神様の願う通りに使えず、
むしろおさめられず害になってしまっていることが多いのが現状ではないでしょうか?

だからせめて、私は善なるものを発信していきたい。

それが発信者としての、責任だと思っています。

 

2019.5.12 主日の御言葉

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キリスト教福音宣教会(摂理)の日常を描いてます。宗教や信仰を身近に感じてもらえたら嬉しいです。スイマー。おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪インターネットが好きです。