理解者ひとりを見つけるということ

人生あるあるなのだと思いますが、
あぁ理解されないな…と思うことがあります。

別に相手に悪気があるわけではないし、
こちらも特別なことを期待しているわけではないのですが、
感覚を共有できないことによって、
実質的に進めるべきことを進められないのは、
単純にもったいないなと感じます。

自分に、能力があれば、
誰がなんと言おうとゴリゴリ進めるのですが、
そうでないと、なかなか厳しい。
厳しいことの方が、多い。

だから、理解してくれる人ひとりを見つけることが、本当に大きいなと思います。
ふたり、力のある人を見つけたら、確実にアクションに起こせる。

まさに今、そんな状況で、
理想形でないにしろ、
「努力次第で可能」みたいな
恵まれた状況に置かれている気がして、
自分がこの3ヶ月、どれだけできるかなという感じです。

私がやりたいことというより、
「主が私を通してなさりたいこと」
という今までにない感覚があるので、
お祈りして頑張ろうと思います。

今日は、日付が変わる直前に、
とりとめのない日記でした。

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。