過ぎた日に神様と聖霊様と主が行われたことを忘れるな

人は自ら「救い」を受けることはできないのだと言います。

それは、心と考えがよく変わるから。

どれだけ「確か」だと思う人でも、
平素よくできている人でも、
翻って、訳のわからないことを言って、
どうなるかわからないのだといいます。

信仰を忘れて、現実に接するものによって、
心と考えはいくらでも変わるのだと。

自分含め「確か」な人なんて、
神様から見たらメシア以外は、
いないのだと思います。

現実に見るものによって、信仰の雰囲気が失われて、自分が考えない限り忘れてしまいます。
心と考えの門が開かなくなります。心が現実に見えるものにすべて注がれます。

今日はチョウン牧師が説教をして下さいましたが、
ただ「自分をつくる」のではなく、
「変わらないように自分をつくる」
ことだとおっしゃいました。

それは、自分のための神様の歴史だから。

私も他人事と思わず、一層、
気を引き締めていきたいと思いました。

 

2021.04.04 主日の御言葉

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。