「実は、京都大学に行って、外交官になりたかったの。」
これは、とある摂理の家庭局(摂理で結婚した人たちの部署)の方から聞いたお話。
現在は、一児の母。
「摂理の仕事」もバリバリこなし、社会人時代も海外で働き、出版関係の仕事を経て、フリーのライターをこなしてしまう「ツワモノ」。
Solが摂理に来たときからお世話になっている、とても尊敬できる方です。
摂理に出会ったのは、滑り止め(?)で入学した早稲田大学時代。
京大は、A判定が出ていたにもかかわらず、落ちてしまったのだとか。
Rさん 「なんで早稲田?って、最初は、早稲田にいることが受け入れられなかったの(笑)」
Sol 「でも結果、東京に行ったから摂理に出会ったんじゃないですか、よかったじゃないですか。(こりゃ摂理にいなかったらとても付き合える人ではないかも・・・) 」
Rさん 「本当、御心(神様の計画)ってわからないよね~。」
Solが思うに、このような人(?)は、おそらく京大なんかにストレートで進んでしまったら、たとえ摂理に出会ったとしても、「外交官」という「自分の道」まっしぐらで、とても神様が入る余地がなかったのではないだろうかと思います。(←余計なお世話)
でも御心があったから、神様は出会うように働きかけて下さったのだろうなぁと。
主人の考えと他人の考えが異なるように、主人でいらっしゃる御子の考えと私たちの考えは異なる。
共に行なう人だけが、共に感じるようになる。
(2013年3月12日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)
Solも、高校時代は「東京・私立・青山学院大とかで華やかなキャンパスライフ★」なんぞに憧れた時期もありましたが、今思うと御心なかったようでバッサリその道は切られ、地方の地味な大学へ。
社会人になってから、大学(留学)時代に出会った友人に御言葉を教えてもらったのだから、何がどう転ぶか本当に分かりませんね。
青学なんて行っていたら、Solには華やかすぎて、色々と死んでいたかもしれません(あくまでSolの話ですよ)。
「御心どおりに」とは、「神様と聖霊様と御子の計画どおりに、その考えどおりに、その心どおりに」を言う。
神様と聖霊様と御子の御心どおりにするためには、まったく自分の計画があってはならない。
(2014年4月7日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)
神様に出会うまでも、神様に出会ってからも、人生の主人は、自分ではなく、神様。
「自分の道」ではなく「神様の道」を進むことが大事、という今日の話でした♪
Sol