個性通りに「主の身体」となる人たち

内的な証、外的な証

頭は主だ。

あなたたちは各肢体だ。

引き上げの理想世界。

コリント人への第一の手紙12章25-27節

今週の御言葉は、各自が個性体として、神様のもとで存在していることについて伝えられました。

人間でたとえるならば、頭は神様。

肢体は私たち。

ナイフや包丁、ノコギリは同じ「鉄でつくった道具」だが、機能が異なる。これが個性だ。神様はそのように人間も個性で創造なさった。

だから、ひとりとして同じ人間はいないということ。

みんな神様のもとで、ひとつの調和を成した理想世界をつくることができるということ。

それぞれの役割を見出して、神様の願う世界をつくりたいですね。

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キリスト教福音宣教会(通称:摂理)のブロガー。普段は総合職で海外とつながるお仕事。女性の社会進出に興味有。漫画を描いたり写真を撮ったり泳いだり、多趣味極まりない感じで、色んなものが飛び出します。