自分の「好き」や「個性」が一層、磨かれる摂理

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摂理にきて、「自分の個性が磨かれた」という声をよく聞きます。

それもそのはず、摂理もひとつの組織ですから、会社のように、多くの仕事がありますし、自分にしかできない新しい仕事にどんどん挑戦する土壌もあります。

私のように勝手に(?)ブログという「仕事」をみつけてやる人もいれば、バイブルスタディの講師をしたり、教会のイベントを企画したり、摂理の映像を作成したり、人によって様々です。
直接、教会に関わらなくとも、社会人であれば職場を「使命地」として一層あつく働く人もいます。

でも共通しているのは、みんな「神様のため」に行なうということ。

これがバラバラな個性をひとつにしますし、モチベーションが「神様のため」だから、一層自分を磨くようにもなります。

<各肢体>は「それぞれ」ですが、頭を中心として「一つ」として存在します。
<それぞれ>でありながら<一つ>です。<一つ>でありながら<それぞれ>です。

「みんな同じ」ではなく「それぞれの個性を活かし合う」のが、摂理の世界。

だからきっと楽しいんですね(^^)

2016年3月20日 主日の御言葉より

ABOUTこの記事をかいた人

洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。