「人」中心の宗教は続かない

以前、知り合いがある宗教団体に入信(?)していたことがあります。

私よりもずっと年上の女性だったのですが、
心の安定剤的に求めていたようでした。

特に怪しい団体でもなさそうだったから
家族も止めたりはしなくて
数年ぐらいは通っていたそうです。

でもある時から、
その団体の方向性が当初とずれてきてしまったようで
トップがお金に流れてしまったようでした。

それで見切りをつけて通うのをやめたそうです。
その団体が大きくなることはありませんでした。

日本人、あるあるですね…。

今朝の御言葉で、このようなものがありました。

大きく成したことだけが御心を成したことではない。<神様の絶対的な御心>を成し遂げれば、小さく成し遂げても、成し遂げたことになって終わる。

イエス様の時も、<神様が絶対的に計画なさった御心>を、その時代全体に比べて一万分の一しかついて来なかったけれども、‐絶対に「救い人イエス様」を通して行なったので、「旧約の約束」を成し遂げたこととして終わらせ、その土台の上に世界的に「新約歴史」を広げてきた。

キリスト教が世界宗教となり栄えた理由は、
その歴史が「神様の絶対的な御心」だからと言われています。

参考:旧約聖書と新約聖書

つまり、最初は微弱でも、
それが「神様」が御心を置かれたものであれば存続していくし、「人間」が「自分のため」に立てたものであれば、どこかで無理がきてしまうということ。

何世代も超えて存続させていくって、
人間業じゃできないです。

だから「宗教」と名のつく団体を目にしたなら、ホンモノかどうか見極める一つのポイントとして、「持続しているかどうか(常に成長しているか)」を見てみたら良いと思います。

それも数年、数十年とかいう単位でなくて、
数千年単位での歴史的な視野までもって見ることができたら、
「ホンモノ」かどうかは、すぐにわかると思います。

 

2017.6.15 摂理の箴言

ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会のブロガー。社会人で教会に通うようになり、日常を記録したい思いからブログをはじめました。絵と写真が好き。趣味は水泳&インテリア。名古屋・主の栄光教会所属。