摂理の御言葉ってただの理論でしょ?という人たちへ

摂理の御言葉を学ぶのはいいけれど、それって本当に効果があるの?
机上の空論じゃない?

摂理に対して、このように考える人がいらっしゃるかもしれません。
自分も、新しく何かを学ぶときは、(ケチ故)費用対効果を考える方なので(バイブルスタディはお金かかんないですけどね・・でも時間は投資するので同じことです)言葉だけの「教え」だったり「効果」がみえなければさっさとやめようと思っていました。

霊の話とか、神様の歴史の話とか、ある人には、机上の空論のように聞こえるかもしれません。
どれだけ「ペテロがこういうことを言っていてね!」と話されても、そういう人は「はぁ・・」って感じでしょう。
本当につまらないのかもしれませんし、講師との相性(?)が良くないだけかもしれませんし、もっと聞くべき違う御言葉があるのかもしれませんし、理由はいろいろあるかと思います。

でもそんなときに思い出したい御言葉がコレ。

<御言葉>を聞いて<教育>を受けても、聞いて恵みを受けるところで終われば「理論」にすぎない。
聞いて「行なうこと」がちゃんと学ぶことだ。(2015.12.30 摂理の御言葉)

恵みを受けるだけでも、ただの理論で終わってしまうのです。

大切なのは、実践。
ただ聞いたり教育を受けるだけでなく、伝えられたことを、自分の考えや経験と結び付けて、自分の生き方を変化させてゆくプロセスが「学び」だということです。
世の中の学問も同じですよね。
自分の生き方と結びついてこそ、おもしろいものです(今の教育ってコレが欠けてるからつまらないんだよー…とこれはまた後日…)。

それはすぐに結びつくものではないかもしれないけれど、続けてゆけば分かるはず(・ω・)ノ

最近の人って、すぐに結果を求める傾向にあると聞いたことがありますが、結果なんてすぐ出るわけがないです。
すぐに結果が出るものは、すぐに廃れます。
一見、すぐに結果を出しているような人ほど、それまでの過程でものすごく悩み苦労していたりするものです。

理論で終わらせちゃ(また「言葉だけの教え」と思ってちゃ)もったいないのが、御言葉なんです(・ω・)ノ

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。