自分という「車」

廃車 (1)

家の近くに、前々から廃車のある家があります。

一体いつなくなるのだろう?と思いつつ数か月(?)

なくなるどころか、どんどん劣化してゆくのです・・。

これは、私に何を伝えているの(*_*)

廃車 (2)

物を使わなければ、錆び、故障し、腐る。

車が新車でも、使わないでそのままにしておくと、古いものになる。
人も使わなければ錆びる。使ってこそ、問題を直しつつ、新しい人になる。

廃車 (3)

これですね。

御言葉では、よく<人><車>にたとえて伝えられることがあります。

操縦者は、自分。
ナビは、御言葉。

ナビに従わないと、行っても「いい道」か「悪い道」かの判断が分別できず、「事故」を起こしてしまいます。

自分という「車」を創られたのは神様だから、「使い方」を一番よくご存じなのは、神様なはず。

「御言葉に聞き従いなさい」というのは、神様の言いなりにするためではなく、人生の行くべき「道」を教えてくれるからなんですね。

中古車でも、使ってこそ輝くし、使ううちに故障したところは直して使うから、新車のようになる。

自分という「車」が「廃車」にならないうちに、御言葉で直せるところは直せるうちに、直して使うことの重要性。

そんなことを、教えてくれます。

 

2014年8月15日 摂理の御言葉

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。