肉体は亡くなっても、生き続ける霊のために祈ることが大きい

R0017022ed

日本人にとって、あまり馴染みがないのが「霊」の存在。
ある日、Solの摂理教会の牧師さんがこんなことを教えてくれました。

肉体は亡くなっても、生き続ける霊のために祈ることが大きい。

たいていの日本人は、人が亡くなると、それ以上のことはよく分からないから、考えないのではないでしょうか。

でも、御言葉では、はっきりと人間の肉体が亡くなった後は、霊として霊界で生き続けるのだと説かれます。

肉(生きている時の肉体)の行ないのすべての実相は霊だ。霊は肉のすべての行ないを吸収して、霊の形をもって現わしている。
霊魂は肉のように人生100年の消耗品ではない。霊魂は永遠に存在するようになる。 

つまり、肉体がなくなってしまっても、それで「終わり」ではないということ。
だから、たとえ不本意な亡くなり方をしてしまっても、最も近くにいた家族が祈ることがとても大きいのです。

学校や職場では絶対に教えてくれない霊の世界。

摂理の教会では、はっきりと学べます。

バイブルスタディでも描いていますので、気になる方はぜひ読んでみて下さい。
三分説:<霊>と<肉>

 

2011年2月14日 摂理の御言葉

ABOUTこの記事をかいた人

洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。