困ってなくとも「神だのみ」する必要性

人々はよく「特別な時」だけ悟って、「神様、聖霊様!」と呼ぶ。

分かっても分からなくても、特別でも平凡でも、よくてもつらくても、「神様、聖霊様」だ。

日本人に、伝えたい…(・ω・)

摂理に来る前から違和感があったことのひとつが、

日本の人って普段は神様なんて信じてないのに、
なんで特別な時だけ神様を呼び求めるんだろう?
ということでした。

人間でも、普段の生活は微妙で、困ったときだけ「助けて下さい!」と言ってきたら、こちらの助けるモチベーションも上がらないというもの。

神様もきっとそのようで、
平素から考えて呼び求めていてこそ、
覚えてすぐに手を差し伸べてくださるのだと
信仰を持ちながらも感じます。

「都合のいい神様」をつくりあげてはいないだろうか?

もしそうならば、
このことは悔い改めなければいけないと思います。

 

2017年3月7日 摂理の御言葉

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洒落感と抜け感のあるエフォートレスな信仰生活を目指しています多分。スイマー&おしゃれ信仰生活推進委員。仕事は貿易事務。絵を描いたり写真を撮ったり、クリエイティブなことが好きです。