今、記録に残すことの価値

先日、他教会の男性牧師さんが
私の教会にいらっしゃいました。

かれこれ摂理草創期からの方で、
まだ日本の全メンバーが
100人に満たなかった頃(!)のお話や、
チョンミョンソク先生が
日本にいらっしゃった時のお話を
たくさんして下さいました。

自分は指導者になる人だとは全く思わなかった。
まわりもそのように思っていた。
でも、神様と先生の考えは違った。

このようにお話されていたのがとても印象的でした。

バイブルスタディを学んでいた頃の話や
先生とお寿司を食べに行った時のお話、
名前をもらったいきさつ、
車の運転手をした話などなど、
たくさんのエピソードを話して下さり、
お話自体ももちろん面白かったのですが、
私が聞きながら思ったのは、

記録に残すって大事だし必要だな、ということ。

当時は、それが当たり前のことで、
ふつうに思えたことかもしれない。

けれども、10年、20年後には、
メンバーも100人どころではなくなりましたし、
先生とお会いすることも、
容易なことではなくなりました。

だから当時の話がすごく恵み深くて、
そんな時代もあったのだなと、とても新鮮で、
今の価値も別の角度から見ることができます。

聞きたくても、その時、
そこにいた人にしか、聞けません。
ましてやその人が何かの形で残さなければ、
その時の記憶は風化してしまうのです。

だから、残したいなと思いました。

今の、この時の記録を。

今はごく限られた人の目にしか
つかないかもしれないけれど、
後々多くの人の目に溜まるかもしれない。

現に当時の日記があったら読みたいからね、私。

私がブログを書くことの意義のひとつは、
ここにあるような気がしました。

本当に「今、この時」の天とのいきさつを、
何気ない日常だとしても、
しっかり記録していこう、いきたい、
と思わされた牧師さんの訪問でした。

神様が、これまでになさったことを仰ぎ見なさい。

私にとって、記録に残すということが、
今週の御言葉で伝えられた「天を仰ぎ見る」ことのひとつの実践だと思います。

今と、そして後世の人の役に立てたら、とても嬉しい。

 

2019.4.23 明け方の御言葉

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ABOUTこの記事をかいた人

キリスト教福音宣教会(摂理)のブロガー。社会人で信仰を持つようになり、普段は漫画を描いたり写真を撮ったり。日常のことをつれづれと描いてます。趣味は雑貨集め。スイマー。おしゃれ信仰生活推進委員。今ハマってるものはインテリア♪