
家庭局ブログ「摂理de結婚」で
とても興味深いひろこママさんの記事(自分の質、相手の質!家族みんなで質改善)がありました。
生活の中で家族がぶつかるときがあります。
今まで随分御言葉を聞きながら直してきたところもあるのですが、
まだ完全とは言えません。ぶつかった後は?
間違いなく後悔します。
もう少し優しく言えたんじゃないかな?
とか、
ここで我慢できたらな〜。などなど。最近もちょっとだけぶつかったのですが
ぶつかった後になって冷静に分析。
娘と一緒にどうやって改善していこうかと話し合いました。
摂理で神様を信じているからといって
自分がまだ直せていないところがあるならば
100%人間関係でぶつかり合いがないとは言えません。
ちょっとしたことで腹を立ててしまったり
相手を誤解させてしまったり
よく確認せず誤解してしまったり
言い方を間違えてしまったり
まぁいろいろありますね(TuT)
友人関係ならまだ避けて済ますことはできるかもしれませんが、家族となるとそうはいかないです。(このギャップに直面したときに「なんでこの人と結婚したのだろう」と思うのだろうな・・)
ぶつかった後は、すぐに仲直りしますが
最初から、ぶつからないほうがもっといいです。お互いに気づいた事を言いながら
家族みんなで質改善していきます。御言葉を読み返しながら、
ああ、そうだ!そうだよね!
また気づくことが多いのです。
「ぶつかりあい」は、一方的には起こらないのだと聞いたことがあります。
つまり、お互いの不完全な部分同士がぶつかり合うということ。
これは自分が完成されていなければ
避けることはできませんが、
その不完全さを認めて直すようにと
導いてくれるのが御言葉。
<人>は「罪」を犯す。だから「罪」だけを嫌うべきだが、「その人」を嫌うようになる。「罪」だけを嫌わなければならない。
摂理の結婚が素敵だと思うのは、
たとえぶつかり合いがあったとしても
結婚の根本の目的が、
自分自身がより天と近くなるためのもの=自分を完成させることだから
「じゃあよくなるためにはどうしたらいいだろう?」とパートナー同士で常に前向きに考えられるところではないかなと思います。
結婚は神様の御心を成すためのものであって
お互いの「欲求」を満たすためのものではないから、
たとえぶつかり合いがあったとしても、離婚や不倫が「解決策」とはならないのでしょうね。
御言葉を中心に、
家族でつながっていけるのが
摂理の結婚です。
2015年12月15日 摂理・箴言の御言葉